遺跡について

1.遺跡の所在地と概要

テル・レヘシュはイスラエル北部、下ガリラヤ地方の丘陵部の一画に位置する中規模の都市遺跡であり、面積約4.5haを測る。タボル川とレヘシュ川によって区切られた自然丘陵上に営まれ、テル最頂部の標高は約35m、川床からの比高差は約60 mを測る。遺跡は、「上の町」と「下の町」の2段になっていて、とくに北側では下段のテラスがよくわかる。「上の町」の最頂部(アクロポリス)には、約80m四方の平坦な区域があり、そこから南側に緩斜面が続く。2006年に日本隊が発掘調査を開始して今年が11年目となる。

旧約聖書によれば、テル・レヘシュの周辺はイスラエル12部族の1つ、イサカル族が定着した地域。ヨシュア記第19章17-23節で言及されるイサカル族の町のうち、アナハラトが現在のテル・レヘシュであると目される。また、エジプトの碑文史料からは、イサカル族定住以前のアナハラトが、アジアにおける重要な都市国家の1つであったことがうかがえる。トトメス3世(前1479-14年頃) とアメンヘテプ2世(前1428-前1397年頃)の時代には、アナハラトがエジプトの軍事遠征のターゲットとなっている。また、近年実施された粘土板文書の成分分析は、「アマルナ文書」(前14世紀後半のエジプトの外交文書)に、テル・レヘシュにいた領主がファラオに送った書簡が含まれている可能性を示している。

2.調査の経緯

(1)第Ⅰ期発掘調査(2006年〜2010年)

  • 第Ⅰ期(2006〜2010年)の発掘調査は、2006~2007年に置田雅昭・天理大学教授(当時)が最初の団長を務め、その後2008~2010年を月本昭男・立教大学教授(当時)が引き継いで大規模に行われた。
  • 遺跡の各地点に設けられた調査区(A〜G地区)で、前期青銅器時代、中期青銅器時代、後期青銅器時代、鉄器時代、ローマ時代と、さまざまな時代の建築遺構が確認され、前3200年頃から紀元後2世紀までの、3,000年を超えるテルの居住史の様相が明らかになった。
  • テル最頂部では、後期青銅器時代から鉄器時代Ⅰ期・Ⅱ期の建築遺構(A地区)のほか、後期鉄器時代に大型複合建造物が築かれ(F地区)、さらに、初期ローマ時代には小さな村落が営まれることが判明した(G地区)。
  • 後期鉄器時代の大型複合建造物は、紀元前7〜6世紀に使用された要塞状の建物だということがわかってきた。
  • ローマ時代の村落は、清浄規定に沿って汚れを避けるための石灰岩製容器の破片が多数見つかったことから、ユダヤ人の小さな集団が居住していたと認識された。 
  • フレスコ画の断片が多数見つかる2階建ての建築が発掘され、見栄えのする建物を有する村落であったことが明らかになった。
  • 出土土器とコインから、村落は1世紀に年代づけられ、2世紀初頭頃に放棄されたことも判明した。

(2)第Ⅱ期発掘調査(2013年〜2017年)

  • 第Ⅱ期発掘調査は、桑原久男・天理大学教授が団長、長谷川修一・立教大学准教授が副団長となり、イツハク・パズ博士(イスラエル考古局)とともに調査を進めた。
  • 約80m 四方の平坦な区域が認められるテルの最頂部(アクロポリス)に焦点を定めて調査した。
  • イスラエル国内でも出土例の極めて少ない、紀元1世紀に遡る初期シナゴーグと思われる遺構が出土した。
  • 後期鉄器時代の大型建築遺構が出土した。アッシリア時代からバビロニア時代にかけて建設され、ペルシア時代初期まで使用されたものと思われる。

(3)第Ⅲ期発掘調査(2019年〜)

  • 第Ⅲ期発掘調査では、引き続き桑原が団長、長谷川が副団長、パズ博士(イスラエル考古局)とともに調査に当たっている。
  • これまで未掘であった、遺跡北西地域の下段平坦部において、古代イスラエル出現を考えるうえで重要な後期青銅器時代から初期鉄器時代にかけての遺構の調査をしている。
  • テル・レヘシュが同定されているアナハラトは同時代の拠点都市としてエジプトの文書史料や、旧約聖書のヨシュア記にも言及されることから、その居住史の実態を掴むことによって、下ガリラヤ地域史の再構成について理解を深めることを目的とする。